20 有岡城跡(伊丹城跡)

国指定文化財

伊丹1丁目12、JR伊丹駅前









 日本最古の天守をもったといわれ、難攻不落とうたわれた惣構えの城跡です。
 村重のとき新たに整備し、有岡城と改名されましたが、1579年信長によってすっかり焼き払われました。
 国の指定史跡となり公園として整備。



-碑文より-

国指定史跡 有岡城跡

 昭和54年12月28日 指定


 伊丹氏がこの場所に城を築いたのは、鎌倉時代末期の頃のことである。はじめは居館として建てられたが、戦国時代を経て次第に堅固な構えになっていった。
 伊丹氏の城は、天正2(1574)年織田信長方の武将荒木村重の攻撃によって落城した。その後村重は信長の命により有岡城と改名し、壮大な城を築いた。
 有岡城は伊丹段丘の高低差を利用し、南北1.6キロメートル・東西800メートルに及ぶ惣構えが築かれ、要所には岸の砦・上臈塚砦・鵯塚砦が配置された。
 謀反を起した村重は、天正6年、信長勢の攻撃を受け、十ヶ月間の攻防の末、強固な城も遂に落城した。
 天正8年、池田之助が城主となるが、同11年美濃の国に転封を命じられ、廃城となった。
 明治26年、鉄道の開通によって、城跡の東側が削りとられたが、土塁や堀など今もよくその姿をとどめている。
 昭和50年より発掘調査が実施され、土塁・石垣・堀・建物・池等の遺構を検出し、中世城郭から近世城郭への移行期の様相が明らかになった。

 平成4年3月  伊丹市教育委員会