41 最禅寺

池尻2-174、市バス停「池尻」西10分



記録によると、江戸時代初期の明暦年間(1655~58)以前は真言宗の住職が寺を守り、後に天和期頃(1681~84)には浄土宗の寺になっている。そして元禄5年(1692)頃は播州網干の龍門寺の仏智弘済禅師(盤珪)の弟子の聖瑞という禅僧が住職をしていると記されている。
勧請開山は盤珪禅師で、創建開山は聖瑞といわれている。

池尻の土地は、伊予大洲藩加藤氏の支配地で、当寺は加藤氏の準菩提寺的な立場にあった。

盤珪禅師の不生禅の道場としても有名で、俳人上島鬼貫も不生禅により、「誠の外に俳諧なし」と開悟し、池尻に住んだと伝えられている。

山門を入り参道を進むと本堂があり、本堂北側には庫裏、南側には客殿がある。境内南西隅に鐘楼があり、梵鐘には上島鬼貫の法名が記されている。
山門脇には左右に地蔵堂と稲荷社が鎮座している。

本尊は釈迦如来像で、左に阿弥陀如来像、右に空海の像が祀られている。