上島鬼貫




伊丹小学校南側


 上島鬼貫(万治四年(1661)~元文三年(1738)は伊丹の有力な醸造家に生まれ、早くから俳諧に親しみました。
 25歳で大坂に出て、筑後の三池藩などに経済担当として仕えました。
 俳諧については、当時流行の伊丹風にあきたらず、「まことの外に俳諧なし」と主張。
 東の芭蕉、西の鬼貫と並び称されています。
 「鬼貫」は、「おにつら」と読み「キカン」ではありません。生涯貫いた俳号です。初めしばらくは「鬼つら」(きわめて稀に「ヲニ貫」)と書いたことがあるが、以後ずっと「鬼貫」、晩年には「おにつら」と称した。
 当時は、まだ俳諧は和歌の下に見られており、和歌の貫之に対して俳諧の貫之を任じた意気の表れで、醜と鬼は同意義語で「鬼の貫之」を意味する「鬼貫」を使ったのではないかという説(岡田利兵衛)がある。




各所に建立された鬼貫句碑

伊丹市内


前に酒家ありて
菊のしたゝりを流し
後に松高うして
古城の昔を見す
     おにつ羅

月花を我物顔の枕かな

(現在は西側に移転しています。)

によっぽりと秋の空なる富士の山
.

(現在は西側に移転しています。)

月ハなし雨にて萩はしほれたり


行水のすてところなし虫の声


鳥ハ未口もほとけず初桜


秋は物の月夜烏はいつも鳴


古城や茨くろなる蟋蟀


おもしろさ急には見えぬすすき哉


月はなくて昼ハ霞むやこやの池


世を泥と見る目も白き蓮かな

(現在は外されていて見学不可)

賎の女や袋あらひの水の色


咲からに見るからに花の散からに


骸骨の上を粧ひて花見哉

(民有地のため見学不可)

鵯や世の囀も石の花

その他の場所


はるもやゝけしとゝのふ月と梅(芭蕉)
によっぽりと秋の空なる富士の山(鬼貫)


賃とらて象も田をかへす動き哉


おもしろさ急には見えぬすすき哉


後の月入りて貎よし星の空


遠干潟沖ハしら浪鴨の声

(大阪市天王寺区六万体町)

参考にした資料:
 安達文昭著「伊丹ウオッチング」
 岡田利兵衛著作集IV「鬼貫の世界」
 (財)柿衛文庫「柿衛清賞 第5集」
 伊丹市立博物館「地域研究いたみ第9号 鬼貫追悼特集号」
 伊丹市観光協会「いたみ未知標」
 坪内稔典著「上島鬼貫」
 櫻井武次郎著「上島鬼貫」