15 旧岡田家住宅及び酒蔵
県指定文化財
宮ノ前2-5-28 柿衡文庫館南へすぐ

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伊丹の有岡城の城下町である伊丹郷町は、酒造の町として発展しました。
当時の伊丹郷町を形成する伊丹村は27町からなり、旧岡田家は伊丹村中心部にあたる米屋町にあります。
旧岡田家店舗は棟札によって、延宝2年(1674)に建てられたものとなっています。
この店舗の最初の所有者は、松屋与兵衛でした。店舗の北に建つ酒蔵は正徳5年(1715)ごろに増築され、酒造をおこなったものと考えられています。
松屋は享保7年(1722)ごろから衰退し、享保14年(1729)には酒造家鹿島屋清右衛門が松屋から酒蔵を買収しています。
鹿島屋は買収後に店舗の東隣に酒蔵を増築し、伊丹の酒造最盛期には千石蔵を増築して生産を拡大するが、明治9年(1876)に廃業しました。
その後、安藤家がこの酒蔵を取得して、明治33年(1900)に岡田正造に売却しました。
岡田正造は翌年大規模な改造を行い、以後は昭和元年(1925)に伊丹酒類興業、昭和43年(1968)に大手柄酒造と引き継がれ、昭和59年(1984)に廃業となりました。
岡田家の廃業以前の敷地は、東西通りに南面して店舗とその東に臼屋、店舗の北に酒蔵、酒蔵の東北に接して千石蔵が建ち、東方の南北筋に面して居宅・庭園などを有する広大な敷地を所有していました。
現在は伊丹市の所有となり、店舗・酒蔵を除いてすべて取り壊され、昭和59年(1984)11月に(財)柿衞(かきもり)文庫、昭和62年(1987)11月に伊丹市立美術館、平成元年(1989)11月に伊丹市立工芸センターが新たに建設されました。
平成4年(1992)1月に旧岡田家住宅(店舗・酒蔵)が国指定重要文化財に、店舗と酒蔵をつなぐ釜屋および洗い場が附指定となりました。
伊丹の町家としては最も古く、建物の規模や広い土間の様子から単なる町家ではなく手広く商売をしていた事が伺われ、年代が確実な全国的にも数少ない17世紀の町家として貴重な建物といえます。酒蔵は年代がわかり現存するものでは日本最古です。
旧岡田家住宅(店舗・酒蔵)は平成7年度(1995)から解体調査の後、復元されることになりました。
店舗の第1次改造は、松屋与兵衛の代の正徳5年(1715)ごろに住宅を店舗に改めたと考えられています。背面通りの居室と広敷の床および2階を撤去し、表座敷を2室に分け、広敷・土間境に窓付きの間仕切りを設けられました。更に西側面に小突出し部を増築しました。
第2次改造は明治34年(1901)で、店奥の西に張り出し押し入れを設け、小突出し部をさらに改修して押入れと一連の切妻造・桟瓦葺の屋根とし、新座敷の裏を板で囲ってカマドを設けました。
これらの店舗部分は、当初の居室部形式に戻され復元されました。
酒蔵から発掘された酒搾り遺構は、使われなくなったときに切断された男柱が腐らず地下の構造が良く残っていたため、保存処理をしてその上に接ぎ木をして復元されています。
さらに、猪名野神社前の宮前通りにあった旧石橋家住宅を移築し、これらの管理棟となる新町家を配して伊丹市立伊丹郷町館を構成し、(財)柿衞文庫、伊丹市立美術館、伊丹市立工芸センターとともに、平成13年(2001)6月に「みやのまえ文化の郷(さと)」として一般公開されています。
場所のご案内


復元された「旧岡田家住宅(店舗・酒蔵)」平面図![]()
店舗
桁行15.4m、梁間15.0m、一部二階建、切妻造、本瓦葺。
正面腕木庇付、本瓦葺。
屋根背面側に煙出し付、本瓦葺。
東面角屋付、本瓦葺。![]()
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入り口土間から店の間を見る
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入り口土間
三つ鱗(松緑の商標)の薦樽を展示してある
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店の間
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中の間
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次の間
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奥の間
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奥の間越しに店の方を見る
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土間から座敷板間、
中の間を見る
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土間から店方向を見る
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土間から2階部分を見上げる
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店舗正面入口
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店舗右側
小見世側の窓格子
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店舗左側
店の間の格子窓
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建物外観
東側から見る
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建物外観(屋根)
2重に重なった屋根に特徴がある
釜屋と洗い場
桁行21.6m、梁間8.2m、切妻造、西寄り本瓦葺、東寄り桟瓦葺。
棟中央西寄りに煙出し付、桟瓦葺。
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釜場
旧岡田家住宅の酒造用カマドは、もとは店舗の土間にありましたが、文化・文政のころ(1804~1830)新たにこの場所に築かれました。
初めは石を積んだ上に粘土を貼り付けた形でしたが、明治時代にレンガ造りに変えられました。
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焚き口
明治期のカマドは大小2基あり、焚き口は階段を降りた地下にあります。
このカマドは、何度も改修されながら、昭和59年(1984)の酒蔵廃業時まで使われました。
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井戸と洗い場
井戸の跡と洗い場に、使われていた大小の桶を展示しています。
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建物外観
西側駐車場から屋根部分を見る
酒蔵
桁行16.15m、梁間15.0m、身舎二階建、両側背面下屋付、切妻造、妻入り、本瓦葺。
正面水切庇付、桟瓦葺。
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酒搾り遺構(復元)
この酒蔵では、酒搾り遺構が3ヵ所発見されています。そのうち一番古い遺構を復元しています。
ここで、もろみを酒と粕に分離します。
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もろみを渋袋に入れて酒槽の中に積み、その上に桟木・台・マクラを置きます。そして、男柱の上部に差し込んだハネ棒に掛かり石をぶら下げ、テコの原理で搾ります。搾られた酒は、酒槽の底に設けられた垂れ口から流れ出て垂壷に溜まる仕組みになっています。
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男柱
この搾り場が使われなくなったときに切断された男柱は、腐らず地下の構造が良く残っているため、保存処理をしてその上に接ぎ木をして復元されています。周囲の大きな石には、男柱が浮き上がらないようにする重しの役割を持っています。
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天井部分
酒蔵土間から天井を見上げたところ
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建物外観
中庭から東側側面を見る
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解体復元前の姿。
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95/1/17の阪神淡路大震災によって、大きな被害を被りました。
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解体復元工事中。![]()
完成間近。


14 頼山陽遺愛の柿
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